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鹿児島地方裁判所 昭和33年(ワ)332号 判決

原告(反訴被告) 山下福吉

被告(反訴原告) 栗田光雄

主文

被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し鹿児島市武町五一七番宅地七五坪の換地予定地同所同番一三ブロツク宅地五二坪八合のうち三三坪六合(西鹿児島駅大通に面し被告(反訴原告)所有家屋の敷地を含む部分)を、同地上にある木造瓦葺二階建店舗一棟建坪一五坪、二階一三坪七合五勺を収去して明渡せ。

被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

この判決のうち第一項は仮に執行することができる。

被告(反訴原告)において金一〇万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告と称する)訴訟代理人は主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、鹿児島市武町五一七番宅地七五坪は原告の所有であるが、昭和二一年八月二五日被告(反訴原告、以下単に被告と称する)に対し右宅地のうち三〇坪を賃料坪当り三円五〇銭、期間昭和二一年八月二五日より五年間の約定で賃貸し、被告は同宅地上にバラツク建家屋を所有し、残余の宅地には他の借地人と原告の父山下清が各その家屋を所有していた。

二、右宅地七五坪は昭和二三年八月三日特別都市計画法により同所同番一三ブロツクに五二坪八合(以下単に換地予定地と称する)に減歩の上、換地予定地の指定がなされた。

三、被告は換地予定地発表後原告に無断で前記バラツク建家屋を右換地予定地の東側道路に面して間口一ぱいに移築し、(主文掲記の家屋はその後昭和二五年九月頃改築し右換地予定地のうち三三坪六合を占有しているものである。)右換地予定地の大部分を独占使用するにいたつた。

四、原告は他の借地人を移転させることができず、原告の父もかねて右換地予定地で旅館業を営もうと計画していたが、これができないので被告に対して右換地予定地のうち原告の指示する個所に換地による宅地面積の減歩率によつて敷地を縮小して移転するよう交渉したが応じなかつた。

五、そこで原告は昭和二三年一一月八日被告に対し家屋収去土地明渡の訴を提起し当裁判所昭和二三年(ワ)第一八〇号として係属したのであるが、徒らに日時を経過するのみで紛争解決の容易ならざることを知り、昭和二六年一一月二日の口頭弁論期日において被告と左記裁判上の和解をなした。

(1)  原告は被告に対して鹿児島市武町五一七番宅地七五坪の換地予定地同所同番一三ブロツク宅地五二坪八合のうち三三坪六合(西鹿児島駅大通に面する部分で被告が現在所有する家屋の敷地を含む)を金三〇万円で売渡すこと。

(2)  被告は原告に対して右金三〇万円を次の方法により支払うこと。

一、金一〇万円を昭和二七年二月末日限り

一、金一〇万円を同年八月末日限り

一、金一〇万円を昭和二八年二月末日限り

各原告宅に持参または送金して支払うこと。

(3)  原告は被告に対して右金三〇万円の完済と同時に右三三坪六合についての所有権移転登記手続をなすこと。

(4)  訴訟費用は各自弁とすること。

六、ところが被告は右和解条項に定められた昭和二七年二月末日までに支払うべき金一〇万円の支払をなさないので、原告は被告に対し昭和二七年七月三〇日付内容証明郵便をもつて右金一〇万円を昭和二七年八月一〇日までに支払うこと、もし同日までに支払をなさないときは前記裁判上の和解はこれを解除する旨の催告ならびに条件付解除の意思表示をなし該郵便はその頃被告に到達したが、被告は右期日までにこれが支払をなさなかつたので右裁判上の和解は昭和二七年八月一一日解除された。

七、右和解の解除により原告が被告に売渡した主文掲記の宅地三三坪六合(以下本件宅地と称する)の所有権は右昭和二六年一一月二日に遡つて原告に復帰したが、被告が本件換地予定地のうちに有した賃借権は昭和二六年一一月二日の和解により混同によつて消滅したところ、本件の如く長期間にわたる宅地明渡の紛争の打開策として窮余裁判上の和解(売買契約)が成立するにいたり、しかもその和解が賃借人(買主)たる被告の債務不履行によつて解除されたような場合には、原、被告は言葉や文字に表わすと否とにかゝわらず、和解(売買契約)が不幸にして解除されたようなときは宅地の賃借権は復活せず、被告(買主)は直ちに該宅地を明渡すべきものと解していたと解すべきであつて、結局当事者たる原、被告間においては裁判上の和解成立の当時に黙示的合意により和解(売買契約)が被告(買受人たる賃借人)の債務不履行によつて解除された場合は賃借権は復活しない旨の契約がなされたと解するのが相当であるから、被告は本件宅地三三坪六合に賃借権を有せず、これを不法に占有しているものというべきである。

八、仮に然らずとするも以上の事情にある本件の場合、信義誠実の原則から債務不履行の責ある被告は本件仮換地のうちに有した賃借権の復活を主張し得ないものである。

九、よつて被告に対し主文掲記の家屋の収去ならびに本件宅地の明渡を求めるため本訴におよんだ。

と述べ

被告の本案前の主張に対し

「二重起訴というためには前訴と後訴とが当事者が同一であり、かつその請求の趣旨ならびに請求の原因が同一であることを必要とするのであるが、昭和二三年(ワ)第一八〇号家屋収去土地明渡請求事件と本件訴訟とは当事者は同一であるが、その請求の趣旨と請求の原因において異つておるから同一事件ではなく、従つて二重起訴ではない。」と答え、

被告の主張に対し

その(一)は否認する。

その(二)については被告主張のとおり原告が強制執行をなしたこと、被告がその主張のとおり請求異議の訴を提起したこと、被告が右訴訟において敗訴し控訴したこと、原告が本件和解解除の通知をなした(右控訴事件が休止満了により昭和三二年四月一七日一審判決が確定した)ことはいずれも認めるが、その余は否認する。原告は裁判上の和解にもとづく債務の履行につき被告に誠意がないものと認め強制執行はこれを取下げ本件和解の解除をなしたのである。

その(三)は否認する。鹿児島市武町五一七番宅地七五坪には被告の外借地人本長谷武志、加藤文雄の両名がいたが、本件和解が成立した昭和二六年一一月二日までには右両名は借地権(ただし、この借地権は被告の買受けた本件宅地にのみ存するのではなく換地予定地五二坪八合に存するのである。)を放棄し、瀬尾静江(同女は借地人ではなく原告の父山下清の内妻として同人と同居していた。)は右換地予定地五二坪八合のうち被告に売渡した本件宅地を除いた原告所有の残余の宅地の一部(本件宅地の隣接地)に昭和二五年にいたり不法に家屋を建築したもので、本件和解成立当時にはいずれも右借地人等の借地権は完全に解決ずみであつたから、本件和解条項にも何らの定めをしなかつたのである。しかして本件和解により被告に売却した本件宅地は全部被告において使用しているところ、和解成立後今日にいたるまで右本長谷、加藤、瀬尾等より被告に対して借地権の主張をなしたこともなく、被告もまた原告に対して右三名の借地権を放棄せしむる債務があることを主張したこともない。しかのみならず被告は昭和三三年一二月一五日何等の異議をとゞめることなく無条件に本件和解にもとづく本件宅地の代金三〇万円を供託しているのである。

その(四)は否認する。

その(五)は否認する。

と述べ

被告の仮定的主張(ロ)に対し、被告が賃料を供託していることは認めるが、賃料供託の一事により消滅した借地権が復活することはないと述べ

立証として甲第一ないし第六号証、同第七号証の一ないし九、向第八号証を提出し、証人山下清、同加藤文雄、同本長谷武志の各証言ならびに原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は全部認めた。

被告訴訟代理人は本案前の主張として「原告の訴を却下する。」との判決を求め、その理由として「原告主張の請求原因によれば裁判上の和解を解除した上、原告の本件宅地所有権にもとづき被告の不法占拠を理由に本件家屋収去土地明渡を求めるものであるが、裁判上の和解は私法上の和解契約が有効なことを条件として訴訟を終了せしむべき合意をなすものであるから、私法上の和解契約が解除されるならば訴訟終了の合意もその効力を生ずるに由なく昭和二三年(ワ)第一八〇号家屋収去土地明渡請求事件はなお係属していることとなり、右事件につき期日指定の申立をなすべきところ、右事件と本件訴訟とは共に原告の本件換地予定地所有権にもとづき被告の不法占拠を理由とするものであるから、いわゆる二重起訴として本訴は却下さるべきである。」と述べ

もし原告の訴が適法ならば本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および反訴として「反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対し鹿児島市武町五一七番宅地七五坪の換地予定地同所同番一三ブロツク宅地五二坪八合のうち三三坪六合(西鹿児島駅前大通に面し反訴原告(被告)所有の家屋の敷地を含む部分)を昭和二六年一一月二日売買により反訴原告(被告)に対し所有権移転登記手続をなせ。訴訟費用は反訴被告(原告)の負担とする。」との判決を求め、本訴に対する答弁ならびに反訴請求原因として

本訴請求原因一、二および五、六(たゞし裁判上の和解が昭和二七年八月一一日解除されたとの点を除く)項ならびに七項のうち被告が本件宅地三三坪六合を占有していることは認めるがその余は争う。被告がバラツク建家屋を換地予定地五二坪八合に移転したのは原告の承諾を得、鹿児島市長からの借地権者として右換地予定地に移転すべき指令にもとづいて移転し、右換地予定地のうち二一坪を占有したに過ぎない。なお原告の父が右換地予定地上で旅館業を営もうと計画していたことは知らない。原告主張の本件裁判上の和解は解除されていない。

(一)  裁判上の和解は確定判決と同一の効力を有し、強制執行をなし得るものであるから、これを解除し得ないのであつて、原告の解除の意思表示はその効力を生じない。

(二)  原告は右裁判上の和解調書にもとづき昭和二七年五月一三日金一〇万円について被告の有体動産を差押えたが、被告は右裁判上の和解が無効であるとして同月二四日請求異議の訴(当裁判所昭和二七年(ワ)第一一五号を提起したところ、敗訴したので被告は同年七月二二日福岡高等裁判所宮崎支部に控訴(同裁判所昭和二七年(ネ)第一一一号)し、同裁判所に係属中原告は被告に対し本件和解解除の通知をなした。(なお右控訴事件は休止満了により昭和三二年四月一七日一審判決が確定した。)かように一面においては強制執行をなしながら、他面においては解除通知をなすが如きことは確定判決の効力を二、三にするものであつて許されないことであり、解除の意思表示は無効である。

(三)  仮に然らずとするも換地予定地指定前、原告所有の鹿児島市武町五一七番宅地七五坪は、被告と本長谷武志、加藤文雄、瀬尾静江(原告の父山下清の内妻)がそれぞれ賃借(被告はそのうち三〇坪を賃借)していたものであるから、換地予定地指定後の本件換地予定地についても右三名の借地権があるところ、被告は本件宅地三三坪六合を裁判上の和解において全く瑕疵なき宅地として原告より買受けたのであるから、原告は右三名の借地権を放棄せしむべき義務があり

(1)  右債務は被告の昭和二七年二月末日限り支払うべき金一〇万円の債務と同時履行の関係にあるので、原告が右債務の履行を提供しないでなした金一〇万の支払の催告はその効なく被告に履行遅滞の責はない。

(2)  仮に然らずとするも、原告の右債務について和解条項にこそ明示しなかつたが、右三名の借地権を放棄させた上、暇疵なき宅地として引渡したとき本件和解にもとづく売買代金三〇万円の内金一〇万円を支払う旨本件和解の際口頭で特約したものであるから、原告の右債務の履行がない以上、金一〇万円の支払の催告はその効力がなく被告に履行遅滞の責任はない。

右いずれよりするも反対給付の提供ないし履行なく右和解条項による金一〇万円の支払を催告したものであるから、被告に履行遅滞の責任はなく右催告にもとづく解除の意思表示は無効である。

(四)  仮に然らずとするも、右借地人三名が本件宅地につき借地権を主張しているので、被告が買受けた本件宅地の一部につき権利を失うおそれがあり、被告は本件和解にもとづく代金の支払を民法第五七六条によつて拒むことを得るもので、被告の責に帰すべき履行遅滞ではないから解除権は発生しない。

(五)  仮に然らずとするも被告は仮換地前のバラツク建家屋を訴外瀬尾静江の名義をもつて昭和二一年八月当時金三万円という高価で被告に売渡したものであるが、被告が換地予定地に移転するや、右瀬尾静江、本長谷武志、加藤文雄をして被告に対し右買受け家屋の敷地たる本件宅地について同人等に借地権があることの内容証明郵便を発送せしめ、被告においてもし本件宅地の所有権移転登記をなすならば、右三名をして本件宅地に借地権あることを主張せしめるべき手段を講じ、全く被告をペテンに陥入れて本件宅地を買取らせ結局において本件宅地を取上げようと意図したものであつて、売買代金支払の遅延を理由に和解を解除するとなすのは信義誠実の原則に反し、権利を濫用するものである。

以上のとおり本件裁判上の和解解除はその効力がなく、(前記被告の提起した請求異議訴訟も昭和三二年四月一七日被告敗訴の一審判決が確定したので裁判上の和解は有効であることが確定し、)本件宅地は昭和二六年一一月二日被告が原告より買受けたものであるから、被告は昭和三三年一二月一五日右和解条項に従つて、原告が受領を拒絶するので鹿児島地方法務局に売買代金三〇万円を供託し、債務を完済した。そこで原告に対し本件宅地につき昭和二六年一一月二日売買による所有権移転登記手続を求めるため反訴におよんだものである。

仮に被告の反訴請求が認容せられず、和解の解除が有効であるとしても(仮定的主張)、

(イ)  裁判上の和解により被告の賃借地につき売買契約がなされたものであるから、右売買契約が解除された場合には売買契約前の状態に復帰し、被告の賃借権は復活するので、被告は本件換地予定地のうち二一坪については当然賃借権を有する。

(ロ)  仮に然らずとするも、被告は本件宅地を買受け、その所有権を取得しても、前記のとおり本件宅地につき他に三名の借地人があり借地権を主張しているので、被告は本件宅地につき賃貸借関係を存続せしめ、右借地人三名と共に債権関係において対立し、本件宅地を所有権の外賃借権にもとづき使用収益する利益があるので、被告は買受け当時から賃貸借は消滅しないとの見解で賃料を供託してきたのである。従つて本件宅地二一坪については今なお賃借権を有する。

右いずれよりするも原告の本訴請求は失当であると述べ

立証として乙第一ないし第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証、同第七号証の一、二、同第八号証の一ないし三、同第九ないし第一二号証、同第一三号証の一ないし三四、同第一四号証、同第一五号証の一ないし四、同第一六号証の一、二、同第一七ないし第二〇号証を各提出し、被告本人尋問の結果を援用し、甲八号証は不知、その余の甲号各証の成立はこれを認めた。

理由

先づ被告の本案前の主張について判断する。

被告は裁判上の和解は私法上の和解契約が有効なことを条件として訴訟を終了せしむべき合意をなすものであるから、私法上の和解契約が解除されるなら訴訟終了の合意もその効力を生じないと主張する。

なるほど従来の判例を通観すると被告主張のような見解も成り立ち得ないではないであろう。(もつとも確定判例があるわけではない。)然し当初から和解に取消原因が附着していた場合、和解が解除条件付で成立した場合、解除権を留保した場合等は取消解除が生ずれば、和解無効の場合と同じく訴訟の続行を認めてよからうが、当初からかゝる原因が附着しないで有効に成立し、その後に発生した実体上の理由、例えば不履行による解除(本件においては原告は正に被告の和解条項不履行を主張しているのである。)、履行不能による解除、合意による解除等により実体上の和解が消滅しても、かゝる場合は訴訟終了の効果には影響がなく、もはや旧訴の続行を認めることはできないと解するのが正当である。けだし確定判決後、判決によつて確定された法律関係に変動があつても訴訟終了の効果には何等の影響がないのと同じ状態だからである。

右と異る見解に立つて旧訴である昭和二三年(ワ)第一八〇号家屋収去土地明渡請求事件がなお係属しておるとなし、そのことを前提として本件訴訟が右旧訴と二重起訴であるとなす被告の主張はその余の判断をするまでもなく採用の限りでない。(なお別訴による裁判上の和解無効確認の新訴は重複訴訟となる場合があるのに、我が判例はつとにこれを認めていることを附言する。)

次に本案の主張について判断する。

鹿児島市武町五一七番宅地七五坪が原告の所有であること、原告が昭和二一年八月二五日被告に対し右宅地のうち三〇坪を賃料坪当り三円五〇銭、期間昭和二一年八月二五日より五年間の約定で賃貸し、被告が同宅地上にバラツク建家屋を所有していたこと、右宅地のうち残余の部分には他の借地人と原告の父山下清が各その家屋を所有していたこと、右宅地七五坪は昭和二三年八月三日同所同番一三ブロツクに五二坪八合に減歩の上、換地予定地の指定がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一七号証と証人山下清、同本長谷武志、同加藤文雄の各証言および原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果の一部ならびに弁論の全趣旨に徴すれば、被告は換地予定地発表直後原告に無断で前記バラツク建家屋(当初二五坪位の家屋であつたが、被告において増築し当時は約三〇坪になつていた。)を右換地予定地の東側道路に面して間口一ぱいに横向きに移築し、(主文掲記の家屋はその後昭和二五年中の五月一六日頃以降に改築し、本件宅地三三坪六合を占有するにいたつた。)右換地予定地の大部分を独占使用するにいたつたので、原告は後記認定のように他の借地人本長谷武志、加藤文雄(または原告の父)等を右換地予定地に移転させることができず、原告の父もかねて右換地予定地で旅館業を営もうと計画していたが、これができないので被告に対して右換地予定地のうち原告の指定する個所に換地による宅地面積の減歩率によつて敷地を縮小して移転するよう再三交渉したが応じないので、原告はさらに被告を相手として右同様趣旨の調停を求めるため、昭和二三年八月三日鹿児島簡易裁判所に対し調停の申立をなしたが、被告はこれにも応じなかつたことを認めることができ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたいし、乙第一五号証の一ないし四も右認定を覆す証拠とはならない。

そこで原告が昭和二三年一一月八日被告に対し家屋収去土地明渡の訴を提起し、当裁判昭和二三年(ワ)第一八〇号として係属したこと、しかし徒らに日時を経過するのみで紛争解決が容易でないことがわかり、昭和二六年一一月二日の口頭弁論期日において原告は被告と左記のような裁判上の和解をなしたこと、すなわち

(1)  原告は被告に対して鹿児島市武町五一七番宅地七五坪の換地予定地同所同番一三ブロツク宅地五二坪八合のうち三三坪六合(西鹿児島駅大通に面する部分で被告が現在所有する家屋の敷地を含む)を金三〇万円で売渡すこと。

(2)  被告は原告に対して右金三〇万円を次の方法により支払うこと。

一、金一〇万円を昭和二七年二月末日限り

一、金一〇万円を同年八月末日限り

一、金一〇万円を昭和二八年二月末日限り

各原告宅に持参または送金して支払うこと。

(3)  原告は被告に対して右金三〇万円の完済と同時に右三三坪六合についての所有権移転登記手続をなすこと。

(4)  訴訟費用は各自弁とすること。

ところが被告は右和解条項に定められた昭和二七年二月末日までに支払うべき金一〇万円の支払をなさなかつたこと、原告は被告に対し昭和二七年七月三〇日付内容証明郵便をもつて右金一〇万円を昭和二七年八月一〇日までに支払うこと、もし同日までに支払をなさないときは前記裁判上の和解はこれを解除する旨の催告ならびに条件付解除の意思表示をなし該郵便はその頃被告に到達したこと、しかし被告は右期日までにこれが支払をなさなかつたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで右裁判上の和解が解除されたかどうかについて考察する。

(一)  被告は裁判上の和解は確定判決と同一の効力を有するから、解除し得ないと主張する。

ところで裁判上の和解に既判力があるか否かは争いのあるところであるが、判例通説によれば裁判上の和解が確定判決と同一の効力(殊に既判力)を有するためには実体法上の要件を完全に備えていることを要するとなし、実体法上の無効原因がある場合には訴訟上も当然無効であり、また実体上の取消をも認めるし、さらには和解契約不履行による解除(和解調書にもとづく強制執行を断念し)をも認めるのである。

当裁判所もまた和解契約不履行による解除は認めるべきものと信ずる。のみならず無制限に裁判上の和解に既判力があるとする説に従つても、少くとも和解成立後における不履行あるいは履行不能による解除、あるいは合意による消滅、変更等は当然認むべきであろう。けだし判決によつて確定された法律関係であつても、判決確定後にその要件の存する限り当事者は以上の行為をなすことを既判力の故に妨げられないからである。してみると被告の右主張は理由がない。

(二)  原告が右裁判上の和解調書にもとづき昭和二七年五月一三日金一〇万円について被告の有体動産を差押えたこと、被告が右裁判上の和解が無効であるとして同月二四日請求異議の訴(当裁判所昭和二七年(ワ)第一一五号)を提起したこと、被告が右訴訟で敗訴し同年七月二二日福岡高等裁判所宮崎支部に控訴(同裁判所昭和二七年(ネ)第一一一号)し、同裁判所に係属中原告が被告に対し本件和解解除の通知をなした(なお右控訴事件は休止満了により昭和三二年四月一七日一審判決が確定した)ことは当事者間に争いがないところ、被告はかように一面において強制執行をなしながら、他面において解除の通知をなすがごときことは確定判決の効力を二、三にするもので許されないと主張するが、裁判上の和解は右のとおり実体法上の要件を完全に備えている限り確定判決と同一の効力を有し、従つて執行力も有するのであるから和解調書にもとづいて強制執行をなし得ること勿論であり、原告も債権者として正に右の権利を行使したのであるが、原告が有体動産の差押をなすや、右争いなき事実と成立に争いのない乙第一号証ならびに証人山下清の証言によれば、被告は右裁判上の和解は「換地予定地を売買の目的としたもの」で無効である等の理由により請求異議の訴を提起し、強制執行は停止されたので、かように被告が訴訟まで提起して、その執行の排除を求め原告が右訴訟に勝訴すれば被告はさらにこれに対して控訴までなすし、原告は些か面倒になり強制執行を断念して、被告に裁判上の和解にもとづく債務の履行につき誠意がないものと認め、本件裁判上の和解解除の挙に出たもので、裁判上の和解もその和解条項の不履行があればこれを解除し得ること前段説示のとおりであるから、原告の右措置に何等の非難すべき点も見出せないのであつて、被告のこの主張も理由がない。

(三)  被告は換地予定地指定前原告所有の鹿児島市武町五一七番宅地七五坪は被告と本長谷武志、加藤文雄、瀬尾静江(原告の父山下清の内妻)がそれぞれ賃借していたものであるから、換地予定地指定後の本件換地予定地についても右三名の借地権があるところ、被告は本件宅地三三坪六合を裁判上の和解において全く瑕疵なき宅地として原告より買受けたのであるから、原告は右三名の借地権を放棄せしむべき義務があると主張するが、乙第七号証の一、二、同第一四号証、同第一九号証ならびに被告本人尋問の結果によるもこれを認めることはできないし、他に右事実を認めるに足る証拠もない。(被告は果して右借地権が被告に対抗し得るものであつたか否かについてはその主張もなさない。)かえつて右乙号証と証人山下清、同本長谷武志、同加藤文雄の各証言および原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば換地予定地指定前の鹿児島市武町五一七番宅地七五坪は被告がそのうち三〇坪を、本長谷武志がそのうち一二坪を各賃借してそれぞれバラツク建家屋を所有し、原告の父山下清がそのうち一三坪を占有して家屋を所有し、その内妻瀬尾静江と同居していたが、山下清は代金は月賦払で完済の上、原告と借地契約をなす条件で右の自己居住の家屋を加藤文雄に売渡契約をなし、加藤をその家屋に住わせて自らは瀬尾と共に鹿児島市薬師町に移住し、しばらくは瀬尾と同居していたこと、昭和二三年八月三日換地予定地の指定がなされるや(当事者間に争いがない)前記認定のとおり被告はいちはやく右換地予定地に自己のバラツク建家屋を移築しその大部分を独占使用したので、本長谷、加藤等は右換地予定地に自己の家屋を移築することができなくなり、鹿児島市当局からはやかましく立退の督促を受け、やむなく被告に対し昭和二三年一一月九日通告書(乙第七号証の一、二)を送つたこと、(もつとも瀬尾には借地権があつたわけではなく、瀬尾の借地権というのは右加藤の借地権の期待権に過ぎないものである)、しかし被告は頑として譲らないので原告は遂に当裁判所昭和二三年(ワ)第一八〇号建物収去土地明渡請求事件を提起したこと(当事者間に争いがない)、かくするうち本長谷は勤先の会社の工場が鹿児島市永吉町に建つことになり、その敷地中に家を建ててよいことになつたし、かねて原告との約束も一時使用のための賃貸借にすぎなかつたので右換地予定地に対する賃借権はこれを放棄して右永吉町に移転したこと、なお本長谷の右バラツク建家屋は未登記の建物であつたこと、加藤はその頃病気で倒れ前記山下清の家屋の残代金を完済し得なくなつたので売買契約を解除し(従つて本件換地予定地について借地契約を締結しないまゝで)、鹿児島市薬師町一七番地に引越したこと、瀬尾は山下と右薬師町で同居していたところ昭和二四年中に離別したが、前記認定のとおり被告が昭和二五年中の五月一六日頃以降に主文掲記の家屋に改築した際、その敷地の北側の隣接地(その後本件和解によつて被告に売渡した本件宅地を除いた原告所有の残余の宅地の一部)に家屋を建設したが、同人には右換地予定地に借地権も使用権(すでに山下と離別していたので)もないので原告は昭和二五年中に当裁判所に家屋収去土地明渡訴訟を提起し原告勝訴の判決(乙第一四号証)があり一審で確定したものであること、従つて本件和解成立の昭和二六年一一月二日当時には右本長谷、加藤等は本件換地予定地に借地権を有しなかつたこと、被告は右の事情を十分知悉しており、さればこそ本件和解条項(当事者間に争いがない)にも右三名の借地権の有無その他についての条項を設けなかつたこと、その後右三名が原告に対して借地権を主張したこともなく、前記昭和二三年一一月九日以来被告に対しても右三名が借地権はもとより損害賠償の請求をなしたことも全くないことを各認めることができ右認定に反する証拠はない。右認定の事実によれば右三名は本件和解当時借地権はもとより使用権も有しなかつたことが明らかであるから、右借地権が存在することを前提とする被告の各主張はいずれも理由がない。

(四)  被告は右借地人三名が借地権を主張しているので、民法第五七六条により代金支払拒絶権があると主張するが、右三名は本件換地予定地に借地権を有せず、被告に対し借地権を主張していないこと前段認定のとおりであるから、このことを前提とする右主張もその余の判断をするまでもなく理由がない。

(五)  被告は原告の本件和解解除が信義誠実の原則に反し、権利濫用であると主張するが、その前提として被告の主張する事実関係は被告の邪推に過ぎず、被告の全立証によるもこれを認めることができないので、この主張も全く理由がない。

してみると原告が催告ならびに条件付解除の意思表示をなすに何等の妨げもないから、右意思表示により本件和解は昭和二七年八月一一日適法に解除されたと解するのが相当である。そうすると本件裁判上の和解がいまだ解除されていないことを前提とする被告の反訴は爾余の判断をするまでもなく失当である。ところで被告が本件宅地を占有していることは当事者間に争いがないが、右和解解除により本件宅地の所有権は昭和二六年一一月二日に遡つて原告に復帰したものというべきであるから、被告は右和解解除後は原告所有の本件宅地を占拠しているものといわねばならない。

被告は仮定的主張として

(イ)  裁判上の和解により被告の賃借地につき売買契約がなされたものであるから、右売買契約が解除された場合には売買契約前の状態に復帰し、被告の賃借権は復活すると主張するのでこの点につき審究する。賃貸借契約の存続中に賃貸人からその賃貸借の目的物の所有権を取得するときは、賃借権は混同により消滅するが、その所有権移転契約が解除されたときは、当事者間の法律関係はその所有推移転契約が解除されたときは、当事者間の法律関係はその所有権移転契約がなかつたと同一の効果を生じ、従つて賃借権も消滅することなく賃貸借関係は当事者間にその後も存続するにいたると一応考えられるのである。しかし前認定の各事実と証人山下清の証言、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨に徴すれば、原告は昭和二三年八月三日本件換地予定地が指定された直後から被告に対し換地予定地のうち原告の指定する個所に敷地を縮小して移転することを求め、被告が応じないので調停の申立をなしたが、被告はこれにも応じなかつたので、やむなく被告に対し家屋収去土地明渡の訴(当裁判所昭和二三年(ワ)第一八〇号)を提起したのであるが、徒らに日時を経過するのみで紛争解決の容易でないことを知り、昭和二六年一一月二日の口頭弁論期日において原告はほとほと手を焼いて本件宅地を被告に売渡すことを承諾して裁判上の和解をなすにいたつたもので、原告の意思としては借地人として信頼のおけない被告に本件宅地の明渡を求めるか然らずんばこれを買取ることを求めるのであつて、被告に引続き賃貸する意思は全然なく、従つてもし売買契約(裁判上の和解)が被告の債務不履行によつて解除された場合には当然その明渡を求めるのであつて、右売買が被告の責に帰すべき事由によつて解除されても、なお依然として被告に賃貸するような意思は毛頭なかつたこと、一方被告の意思もまた本件宅地の明渡を免れるためやむを得ず本件宅地を買取つたものであるから、本件宅地の売買契約が自己の債務不履行によつて解除されて本件宅地を自己の所有となすことができないようになつた場合には、当然本件宅地を明渡さざるを得ない運命に立ちいたることを万々承知の上、売買契約を締結したものであることは、これを推認するに難くない。思うに訴訟の起つていない賃貸借の目的物を賃借人が買受ける場合に、その売買契約が解除されたとき一旦混同によつて消滅した賃借権が売買契約解除によつて復活する場合と、本件の如く長期間にわたる宅地明渡の紛争の打開策として窮余裁判上の和解(売買契約)が成立するにいたり、然もその売買契約が賃借人(買主)の債務不履行によつて解除された場合とは当事者の意思には格段の差異があるのである。本件の如き場合には当事者は言葉や文字に表わさなくとも和解(売買契約)が賃借人の債務不履行によつて解除された場合には本件宅地の賃借権は復活せず、買主は直ちに該宅地を明渡すべきものと解していたと解釈すべきであるから、結局原告、被告間に本件裁判上の和解成立の当時、和解が被告の債務不履行によつて解除された場合には賃借権は復活しない旨の默示の合意がなされたものと解するのが相当である。

(ロ)  被告は本件宅地を買受けてその所有権を取得しても本件宅地につき他に三名の借地人があり借地権を主張しているので、被告において本件宅地につき賃借権を存続せしめる利益があると主張するところ、その趣旨明瞭でないがが、三名の借地人が借地権を主張している事実が認められないこと前記認定のとおりであるから、この主張もその前提において認め得ないし、さらに被告が本件宅地を買受け当時から賃料を供託していることは当事者間に争いがないところであるが、被告の一方的な賃料供託の一事によつて一旦消滅した賃貸借契約が発生するいわれはないので、この主張も採るに足りない。

そうすると、被告は本件宅地に賃借権を有せず不法に占有しているものといわねばならないので、原告の爾余の主張につき判断するまでもなく、原告の本件宅地の所有権にもとづき被告に対し主文掲記の家屋を収去し、本件宅地の明渡を求める本訴請求はまことに正当であるから、これを認容するが、前説示のとおり被告の本件宅地の所有権移転登記手続を求める反訴請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言およびその免脱について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川正澄)

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